2010年09月25日

博多鋏

これ、「博多鋏」と申します。


知らない人は、後ほど、どういう鋏かを
ご説明しますので、
最後の方をご覧になってみてください。
その前に、この鋏。
00925-1.JPG
実は造ったの、僕なんです。

あれは2年前の9月。
冷泉町にただ一軒残る
博多鋏工房「高柳商店」を訪れ、
なかば強引に弟子入り……
というか、「勝手にすればいいやん」
と言われたので、
勝手に次の週末押しかけて、
勝手に造りはじめて。早、2年。

そのうちに師匠も諦めたのか、
少しずつ教えてくれるようになってきて。
今では、まあまあ切れる鋏は
造れるようになりました。
が、師匠の鋏と比べると
まだまだ雲泥の差ですけどね。
そりゃ、そうでしょうよ。
毎日やっても一人前になるのに
10年はかかるって世界といいますから。

ちなみに僕は2週に1度の
週末だけ造らせてもらってて、
自分ではこれを“週末修業”って
呼んでるんですけど、
はたして師匠レベルに達するには
何年かかることやら。

さて、「博多鋏」は
福岡県知事指定特産工芸品です。
00925-2.JPG 00925-3.JPG
銀色に輝く左右対称の美しい鋏で、
アシと呼ばれる持ち手の部分に
「××||」
と刻まれた菱形の模様が特徴である。
そのことから「菱足の鋏」
という呼び名もあったようですな。

その切れ味はすばらしく、
それはまさに日本刀のようだと称され
日本全国に愛好家が存在する。
特に洋裁の世界においては
高い評価を得ているらしい。

その歴史を遡ると
約700年前の話しになる。
南宋から福岡に帰化した謝国明が
持ち帰ったのが
日本で最初の鋏とされており
当時は「唐鋏」と言われておったみたい。

それから、幕末の頃、
博多の刀鍛冶師であった
安河内卯助が鋏製造に取り組み、
唐鋏を原型として、
刀剣づくりの技法を用い
改良されたものがこの鋏である。
その後、明治13年(1880年)に
高柳亀吉が卯助に弟子入りし、
明治20年に師匠の「宇」印を受け継いで
独立、「博多鋏」と改名し売り出した。
現在の僕の師匠・高柳晴一さんは
その孫にあたり三代目となる。

かつて櫛田神社界隈は
金属加工をする職人のまち
「博多箔屋番」といわれ、
昭和10年代には20数軒もの
鍛冶屋が存在したらしいですな。
しかし、今ではこの博多鋏をつくる職人も
高柳晴一さん1人
を残すのみとなっている。
後継者はいない……
2年前までは……な〜んて、な。

鍛冶屋は基本、オーダーメイド製で
一人ひとりに合わせた
希望の形の品を提供することができます。
それは「ユニバーサルデザイン(共用)」にも
「インクルーシブデザイン(包含)」にも
「エクスクルーシブデザイン(限定)」にも
なりうるものではないでしょうか。
また、手打ちの刃物は、研ぎやすく、
スタンダードなデザインは
いつまでも飽きが来ないので
長い年月、親子代々でも
使っていただくことができます。
それは「サスティナブルデザイン」であり
「エコデザイン」ともいえるもの
ではないでしょうか。

まさに、
僕のライフワークとしているものが、
そこには詰まっていたんです。
なんて素晴らしいものと出会えたのだ!
と、今、僕は、鍛冶修行に夢中なんです。
目指すは、
ユニバーサルデザイン鍛冶職人!
そのヒントはまた次回!

ちなみに、いろんなHPにおけるこの店の紹介記事はコチラコチラなど。

「博多鋏」鑑定結果:90ユニバ


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posted by アサケン at 11:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 鍛冶修業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初はさみですか!
おめでとうございます。

あーいいなー

包丁欲しいな〜

アサケン作の包丁は無いですか?
僕、購入しますよ!
Posted by Vアキラ at 2010年09月25日 15:24
どもども、Vアキラさん。
そのうち「博多包丁」↓のほうも大庭さんに教えてもらおうと目論んでます。
http://uinversal.seesaa.net/article/117825130.html
もう少々お待ちください。
Posted by アサケン at 2010年09月28日 01:34
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